×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

「道州制に必要な社会制度とは何か?」
目次へ戻る


「道州制に必要な社会制度とは何か?」
〜資金の単純分割配分が生むインセンティブと村社会・大家族制の回復〜


1.海外からの投資を呼び込む? −大切なのは利息を生む事業計画−

 金融バブルが華やかなりしころ、その当時に提唱された道州制にはこんな言葉が踊っていました。
「道州制の実施により自由度の増した道州政府の施策が海外からの投資を呼び産業を振興させる」
 海外からの投資。金融バブルが弾けたとはいえ、相変わらずの金余り状態は変わっていません。投資は冷え込みましたが、利益を見込める分野には資金が集まっています。なぜか?

 投資して確実に利益が見込める。それは、投資された資金に対して事業が行われ、将来、十分な利息をつけて返済されるであろう、ということです。そんな分野には、たとえ不況であろうが、いえ不況だからこそ、さらに資金が集まります。

 ですから、重要なのは、しっかりとした事業計画なのです。そして、その事業計画さえあれば、投下される資金が海外からだろうと、国債を発行して得たものだろうと、地方債を発行して得たものだろうと、かまわないわけです。ただ、国債や地方債の場合は、それを売って資金を得なければなりません。現在、国債の販売先は、およそ4割が政府と中央銀行、さらにおよそ4割が国内の民間銀行(すなわ、ちわたし達の預金残高による購入)です。残りの2割から1割が海外への販売となっています。


2.現実的でない資金の水平調整 −インセンティブを生む資金の単純分割配分−

 道州制でもっとも問題になることが財源です。単純に国税を地方税に移行しただけでは、大都市を抱える政府(あるいは基礎自治体)に資金が集中してしまいます。

 そこで、ドイツで実施されている水平調整を手本にしようと言う動きがあります。水平調整とは、税収が豊な政府(あるいは基礎自治体)と貧しい政府(あるいは基礎自治体)が話しあって資金を融通しあう仕組みです。しかし他方で、そのドイツでも垂直調整、すなわち国税として徴収して各政府(あるいは基礎自治体)に分配するものが増えつつあるという指摘があります。水平調整とは、当事者同士での話し合いによる分配です。ですから、あたり前ですが、各政府(あるいは基礎自治体)は平等ではありません。

 例えば農業振興予算を、各々の政府(あるいは基礎自治体)の農地面積に応じて分配するとどうなるでしょうか。さらに売上高に応じた加算も実施すれば。各々の政府(あるいは基礎自治体)は、農地を広げようとするでしょう。さらに優秀な農地や農業経営体を育てようとするでしょう。そうして結果を出せば、多くの予算を受取れるようになるからです。

 このように、予算の単純分割配分は、産業を振興させるインセンティブを生みます。また、そのためには正確な統計が必要になります。各々の政府(あるいは基礎自治体)は、それを通じて、自らの状態を明確に把握するようになります。投資を呼び込む事業計画も立てやすくなります。なにしろ、失敗したら予算が増えないどころか、減る可能性すらあるわけです。そうやって、各々の政府(あるいは基礎自治体)は責任の重さを実感するようになります。


3.増加する役割に比して財源が不足する基礎自治体 −村社会と大家族制の回復−

 我が国に道州制をしくと、府県は消滅します。その結果、基礎自治体である市町村の業務量は増大します。府県の持っていた多くの権限が委譲されるからです。しかし、我が国全体の歳入のパイそのものは、それほど変わりません。しかも、消滅した府県の持っていた財源の多くは、道州政府が持つことになります。このままでは基礎自治体の財源が不足してしまいます。そこで、各々の基礎自治体は、村社会と大家族制を回復させて、効率の良い地域運営を目指すことになります。

 例えば、下水道の整備や道路の舗装が十分でなかったころ、少し雨が降り続くと家々の周りに張り巡らされた溝はすぐに溢れました。未舗装の道路は水浸しの上にドロドロに。しかし、そうやって町そのものに水がたまる分、町中を流れる小さな河川の増水は、今よりも穏やかでした。ですから、河川の堤防は今より低くてもよかったのです。

 ただ、溝にはずぐに土砂やゴミが溜まりました。未舗装の道路も穴ぼこだらけになりました。そこで、町ぐるみでドブ浚いをしたり、道の穴に砂利を埋めたりしました。そのような地域社会の活動のおかげで、市町村の財政は今よりも小さくて住みました。

 しかし今、下水道の整備や道路の舗装を進めた結果、そのような地域社会の活動は必要でなくなりました。かといって、降雨が一気に河川に流れ込むようになり、都市型洪水の危険は増してします。地域社会を維持するために、ますますお金が必要になっているのです。

 このように、基礎地自体の負担を軽くするには、以前のような地域社会、言い換えれば村社会を回復させる必要があります。さらに、大家族制も回復さえれば、1世帯あたりの、その世帯の維持に必要な費用と労力は増えますが、世帯を構成する一人当たりの負担は減らすこともできます。

 しかし、今更大家族の住む大きな家を増やそうとしても、無理な地域もあります。都市部などがそうです。そのような地域では、できるだけ同じ家系の人が同じ地域に住んで、頻繁に行き来できるような社会の構築が必要になります。その為には、その基礎地自体に生ま育った人が、育った地域を離れずに、仕事を続けて行けるだけの産業が必要です。


4.道州制は実現するのか? −道州制についての議論を空中戦から引きずり降ろす−

 今、一気呵成に道州制を実現すると、多くの基礎自治体が業務の増加に悲鳴を上げることでしょう。また、河川の改修のように、全体を少しづつ改修するようなことができない事業もあります。堤防を河川全体で少しづつ強化することはできません。通常は流量の集中する下流側から実施してゆくことになります。このような場合には、どうしても都市部に仕事や人口を誘導する結果となってしまいます。

 道州制については、いろいろなところで議論されてはいますが、一般市民の目線には少しも降りてきていません。しかし、道州制における基礎自体に必要なことは、村社会と大家族制の回復です。これは、わたし達一般市民にダイレクトに影響してくることであり、わたし達からこそ、始めなければならないことなのです。その意識が、今、育っているでしょうか?

 そろそろ道州制についての議論を、政治家の空中戦から、わたし達市民の目線に引きずりおろさなければなりません。




2009年08月04日 辻井 豊


目次へ戻る