×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

「開発側に事業と財源を依存せざるを得なくなった内水面研究機関に起こったこと」
目次へ戻る


「開発側に事業と財源を依存せざるを得なくなった内水面研究機関に起こったこと」
〜協働のメリットとデメリット〜


1.ある内水面試験場の現実−内水面漁業の衰退とともに様変わりする事業と財源

 今年に入って、ある地方自体の技官の方とお話する機会が何度かありました。その方の職場は、かつて内水面漁業に関する調査、研究を行う機関でした。そこは伝統もあり、管轄する自治体だけでなく広く海外にまで技術指導を行ったこともありました。しかし、内水面漁業の衰退に伴い、幾度かの組織改変を経て縮小され、今では名前も事業内容も様変わりしてしまいました。昔から継続して行われてる事業は、魚病に関するものなど僅かです。他の事業は、国土交通省との共同事業など、他の分野の行政機関との共同事業となりました。それらの事業の財源は自主財源ではなく、事業の主たる実施者側から提供されています。ですから、共同事業が中止になれば、仕事が無くなるだけではなく、財源も失われます。例えば、ダム建設対策として希少魚の保護事業が実施されていれば、そのダム建設が中止になると、希少魚の保護事業も中止になります。財源も仕事も失うことになるのです。これが、今、その方の勤める研究機関で起こっている現実でした。


2.淀川の驚異的な治水能力と水余り

 今年の4月26日に、TBS系列の報道番組で興味深い報道がありました(TBS報道特集 なぜ高い!水道料金 (2008/4/26 放送))。それによると、大阪市の水利権は一日あたり100万トン近くも余っているそうです。これは水利権が余っているということなのですが、水不足の自治体からすれば桁外れの水あまりです。番組では、先進的な活動で全国的にも知られた淀川水系流域委員会のメンバーが大阪市を訪れ、余っている水利権の一部を、水不足で困っている自治体に譲渡して欲しいと直談判する様子が報道されました。結果的に、大阪市は淀川水系流域委員会からの申し入れを断りました。ですが、もしこの水利権の譲渡が実現していれば、ダム(三重県の川上ダム:両生類の生息地に建設される)を一つ建設しなくてもよくなる可能性があったのです。水は大量に余っている。でも水利権は渡せない。行政側の不思議な基準があるのでしょうか。
 また、淀川水系流域委員会が管轄している河川の一つである淀川は、淀川大堰の稼動と河道の掘削によって、台風の直撃を受けても水位の上昇が数十cm以内に止まる場合が多くなりました。河川敷が冠水することはほとんどないのです。この治水能力は、他府県の河川、例えば多摩川などと比べると驚くべきものです。淀川の河川敷には広大な公園や多数の野球場、ゴルフ場などが建設されて、運用されています。管理する側や利用者する側からみれば、これは歓迎することなのでしょう。


3.報道されにくい現実

 淀川で大繁殖して問題になったウオーターレタスが、今年の夏には徳島県の旧吉野川でも大繁殖し、その様子が報道されました。一部の報道では、今年は台風がこなかったので流されず、それで大繁殖したのだろうとする現地の人の声が伝えられました。旧吉野川には水門があります。ですから、台風による増水などが無いと、河口堰のある淀川と同じ状態になってしまうのでしょう。河口に水門や可動堰の無い他の河川では、今のところ似たような問題は伝えられていません。つまり、河口近くに水門や可動堰を建設しないか、あっても適切に運用すれば、このような問題を防げる可能性があります。しかし、ウオーターレタスの大繁殖が、こんな視点で報道されたことはありません。一度、淀川におけるイタセンパラ絶滅の問題が、淀川大堰の運用に絡めて報道されたことがありました。しかし、その報道は、たちどころに国土交通省に意見されてしまいました。外来魚や外来植物の問題を報道するなら、お役所から文句のこない方向で。取材した行政機関の研究者も堰が問題だなんて言ってないし(突っ込んで訊かれないと言い難いそうですよ)。そのどちらかが理由かもしれません。


4.人脈ができて言えるようになることと言えなくなってしまうこと

 他の分野の人たちとの共同作業を続けていれば、自分が所属している分野とは違うところにも人脈ができます。その人たちを通じて、他の分野の情報を得たり、もっとすすんで、自分達の主張を他の分野の人たちへと伝えることができるようにもなります。例えば、国土交通省との共同事業を通じて、水産関係の研究者の主張を開発者側へ伝えることができるようになれば、いろいろと役立つ場面が出てくるでしょう。そして当然、その逆方向に相手側の主張を汲んであげなければならない場面も出てくるでしょう。これは、圧力とか利権とかとは全く違った次元の話しです。かといって、ギブ&テイクといった乾いたことでもなく、もっと人間臭い、あえて言うなら、相手を慮る(おもんばかる)という気持ちの次元のお話しです。人脈ができると、言えるようになることもあれば、相手の立場を知って言えなくなることもでてくるのです。


5.釣り界ではどうか?

 昨今の外来魚問題、マナー問題を受けて、釣り界でも行政との共働を掲げて運動される方々が出てきました。ゴミ拾い、釣り人による水質調査。最近では、それらの頑張りの成果が目に見える形で現れてきたようです。中央官庁からの評価、港での全面釣り禁止の回避。これらは、周りから罵られながらも、自らの生活を犠牲にしてまで頑張ってきた人たちのおかげです。釣り人の理解者は増えつつあります。中央官庁に。地方自治体に。でも?
 釣り人は減りつつあります。若者の車離れが言われるのに、いまだに釣りと車をセットにして取り上げる釣りメディア。車がないと釣り場に行くのが不便(車がないと行くのに不便なのに到着すると駐車場がない→違法駐車!)なだけでなく、釣具や釣りエサを用意するのにまで車がないと不便(郊外の大型釣り具店のおかげで町中の釣り具店は減少)な現実。
 休みの日に早起きするなんて。昼間から、電車や自転車で出かけて、よく釣れるなら釣りを始めてみようかな。釣り人が減りつつあるのは、少子化だけが理由でも、ゲームやPC、ネットなど、趣味が多様化したことだけが理由でもないのです。

 釣り人が減れば、釣り界での運動を継承する者もいなくなるでしょう。せっかく増えた釣り人の理解者は、いったい誰の声に推されて動いてくれるのでしょうか。そして、そんな状況になっても、相手の立場を知って言えなくなることだけは、しっかりと増えてゆきます。


 ある水産試験場のたどった道のりは、これから釣り人がたどってゆく道のりかもしれません。




2008年11月15日 辻井 豊


目次へ戻る