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「外来魚対策の今後」
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「外来魚対策の今後」
〜駆除行為に特化した世論喚起の限界〜


1.世論喚起の限界

 昨年(2006年)、内閣府が実施した調査では、外来種の駆除に9割以上が賛成との結果が出ました。駆除賛成がこれ以上増えても、行政施策に及ぼす世論の効果はほとんど変わりないでしょう。世論喚起は限界に達した言えます。

 ここからは、世論の質の向上を目指すべきですが、外来魚に関する報道は「生態系に悪影響を及ぼす外来魚は駆除すべき」とする一面的な内容でほぼ固まってしまいました。水辺移行帯の復元や河川構造の見直しと言った話題は、治水、利水上のリスクに加えて社会的なコスト負担の問題もあり、わかりやすく取り上げることは難しいことです。仮にそのような報道がなされたとしても、世論が喚起され、それが施策に反映されるまでの過程では、外来魚問題と比べ物にならないほどの複雑な利害関係を乗り越えて行かなければなりません。


2.リリース禁止はどこまで広がるのか?

 昨年(2006年)の全内漁連の大会では、福井から提案のあった、外来法によるリリース禁止の法制化が決議されました。しかし、広島県でのリリース禁止は限定的なものとなり、鳥取県は大変な苦労をしてリリース禁止の方針を固めました。何も考えずに、ただ外来魚のリリース禁止を、規則として決めるだけならば、たいした問題ではありません。しかし、規制の根拠を提示して納得してもらい、どのようにこの規則を周知、徹底してゆくか、そのことを真剣に考えるならば、これはとても難しいことなのです。財政難に直面している地方自治体ならば、よけいに二の足を踏むことになるでしょう。

 滋賀県の条例、特定外来生物への指定、さらには佐賀県の条例、それらに対する釣り業界や釣り人の反応を知っている自治体は、リリース禁止の導入に悩むでしょう。法制度としての実効性を真剣に考える自治体は悩み、バス釣りへのレッテル貼りでよいと考える自治体は悩まないでしょう。リリース禁止が、今後拡大してゆくかどうかには、それぞれ自治体が、どれほど外来魚対策を真剣に考えているのか、それを反映することになるでしょう。リリース禁止に実効性を持たせようと考える自治体ほど、苦労し、悩むことになるのです。


3.小規模水域での駆除が広まる条件とは?

 外来魚の駆除には、干し上げがもっとも効果的です。しかし、この干し上げ駆除は、いつでも、どこでもできるわけではありません。干し上げには、大変な費用と労力、そしてノウハウが必要です。外来魚駆除だけの為にできることは少なく、ほとんどの場合、溜め池やダムの改修に合わせて実施されることになるでしょう。そのためには、まず、溜め池やダムの改修が、外来魚駆除のチャンスであると気づくだけの知識と情報の共有が、行政と市民団体の間に必要です。そして次に、干し上げ駆除のノウハウが無ければなりません。このノウハウは、まだ一部の市民団体にしかありません。これら、情報とノウハウの共有が、今後、干し上げ駆除を広めるための課題と言えます。

 しかし、干し上げ駆除は、溜め池やダムの改修と言った機会と、行政や市民団体の、情報とノウハウの共有ができてさえすれば、どこでも実施される可能性があります。大分県の芹川ダム、高知県の早明浦ダム、佐賀県の北山ダム、さらには千葉県の亀山ダム、条件さえ合えば、どこでも実施される可能性があるのです。そこには、釣り人のマナーなど関係ありません。できる機会さえあれば、実施されるでしょう。なぜなら、外来魚の駆除は、生態系に悪影響を及ぼすゆえに必要と考えられているからです。


4.大規模水域で問われる外来魚対策の本質

 大規模な湖沼や河川では、干し上げ駆除は実施できません。漁獲や釣獲による駆除にも限界があります。水辺移行帯の復元や、河川構造の見直しによって、外来魚の生息割合を下げ、在来生物の勢力を伸張させるなどのやり方必要となります。

 例えば琵琶湖。かつて大規模な在来魚の産卵場であった湖東地域は、湖岸堤と排水機場によって乾田化されました。これらを再び産卵場に変えることは可能でしょうか。稲作は、農産物自由化の国際的な圧力に晒されています。現在、国策として、農地の集団経営が押ししすめられおり、全国的に耕作地の大規模化が進んでいます。この施策は、補助金の操作によって行なわれており、この流れに逆行することは、もはや農家個人の意思では難しくなってきています。たとえ自治体が経済的に補助するとしても、実際に労力を負担するのは農家ですから、経済的な補助だけで解決することはできません。経済的な補助と、労力の補助、この両面が必要なのです。

 次に淀川。大堰によってダム湖化された淀川でも、流れや水位変動のある上流部と、完全にダム湖となった下流部とでは外来魚の勢力に違いがあります。上流部のほうが、より以前の状態に近いのです。だとすれば、下流部であっても、流れや水位変動を発生されば、外来魚の勢力を減じることができるはずです。しかし、この点についての社会的な関心は低く、報道されることもほとんどありません。利水、治水上のリスクや社会的なコストが秤にかけられる以前に、ほとんど知られていないのです。

 結果的に、大規模な水域では、従来通りの取り組みを続けて行くしかありません。有効な方策を実現しようとすればするほど、駆除行為に特化した世論喚起を見直し、より複雑な利害関係と直面することが必要となってきます。そして、それこそが、外来魚対策の本質を直視することなのです。


5.釣り人の運動と釣り人の今後

 釣りには、子供のかくれんぼのようなのような面、テレビゲームのような面、模型製作のような趣味性の強い面、そして旅行のようなレジャーの面など、幅広い要素があります。このように多様な側面を持ちながら、しかも産業として大きな市場を確立している遊びは釣りだけでしょう。組織化された趣味の団体はたくさんありますが、旅行者の団体はほとんどありません。釣り人の組織化が難しい理由の一つには、釣りの多面性があるのです。

 釣り人によるゴミ拾いなどの活動は、公的な規制や報道などから感じる、釣り人の焦燥感や圧迫感などによって発生し、定着してきた可能性があります。もし、それが事実なら、今後、釣りに対する大きな規制の動きがない限り、このような運動は拡大しないでしょう。地域的に定着したところでも、今後、活動を続けて行くためには、世代交代がうまくできるような工夫と労力が必要となるでしょう。それらの工夫と労力をかけられないことろでは、やがては衰退して行くでしょう。

 釣り人が駆除釣り大会を実施することや、駆除に協力することは、バス釣りを認めてもらう事にはつながらないでしょう。よほどの小規模水系でなければ、釣獲によって外来魚の生息数を減らすことはできません。仮に、釣りによってバスが減れば、バス釣り人も減るでしょう。バランスをとるには、そこそこのバスの生息量と、そこそこのバス釣り人の数が必要です。これでは減らすことにはなりません。バスの生息量も、釣り人の人数も、地域が許容できるもので無ければなりません。なにより、最近出版された書籍にも記述されている通り、外来魚を駆除しようとする方々は、バス釣りこそ外来魚拡散の原因であると考えています。バス釣りが成り立つほどのバスの生息量が、誰にとって受け入れられるのか、あるいは受け入れられないのか。結局、そこにかかってきます。誰に認めて欲しいのか、そこを考え、絞り込むことが必要となります。全ての人に認めて欲しいとするなら、それはもはや不可能です。

 幾つかのメディアで、ほんの一握りのバス釣り人が書き綴っている記事、その想いこそ、それを受け継ぐことこそ、釣り人の未来につながるかも知れません。バス釣り以外の釣りをバス釣りメディアで、バス以外の生き物をバス釣りメディアで、さりげなく、無理することなく伝える。自分の言葉で。自分の経験で。そして、れを読み、そこから他の釣りに手を出してみたり、他の生き物に目を向けてみたり、そんな人が出てきたなら。そんな人は、たとえ外来魚駆除に悪口雑言を投げかけたとしても、外来魚駆除という行為にだけにしか関心を寄せない人たちよりも、ずっと自然体で水辺のことを考えることができるでしょう。




2007年04月23日 辻井 豊


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