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「「滋賀県水産試験場研究報告第40号 昭和60年〜62年度オオクチバス対策総合調査研究報告書」と「大阪府漁業史」」
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「今日の資料 その1」


「滋賀県水産試験場研究報告第40号 昭和60年〜62年度オオクチバス対策総合調査研究報告書」 平成元年7月 滋賀県水産試験場

<<目次>>
・はじめに
I.試験調査結果
 1.捕獲状況実態調査 P.1
  1−1.年間捕獲量と捕獲魚利用状況(氏家宗二) P.1
  1−2.漁具別捕獲量と捕獲量の変動(氏家宗二) P.2
  1−3.漁協別捕獲量(氏家宗二) P.3
 2.標本調査 P.10
  2−1.収集標本の捕獲場所・時期・漁具の別による差異について(田中秀具) P.10
  2−2.生殖腺指数の季節変化(田中秀具) P.13
  2−3.胃内容物について(田中秀具) P.14
  2−4.成長について(山中治) P.15
 3.産卵生態ならびに産卵場所分布(津村祐司) P.27
 4.飼育観察試験 P.39
  4−1.飼育したオオクチバスの仔稚魚について(田中秀具) P.39
  4−2.陸上水槽におけるオオクチバスの飼育試験(津村祐司) P.44
  4−3.消化速度試験(津村祐司) P.45
 5.湖北町海老江地先で採集したオオクチバスの胃内容物について(山中治) P.46
 6.利用加工試験 P.52
  6−1.鮮度(井嶋重尾) P.52
  6−2.魚体成分(井嶋重尾) P.56
  6−3.魚臭(井嶋重尾) P.56
  6−4.加工法(井嶋重尾) P.57
II.総括(山中治) P.63
 1.生息状況と分布域 P.63
 2.成長 P.69
 3.性比 P.70
 4.食性 P.71
 5.産卵生態 P.84
 6.利用加工 P.86
 7.琵琶湖におけるオオクチバス対策に向けて P.91

 上記より、「はじめに」と「II.7.琵琶湖におけるオオクチバス対策に向けて」を以下に全文引用します。
 その他の部分は、コピーしていませんでした。増肉係数の話は、後者の部分にも少し出てきます。




「今日の資料 その2」


「はじめに」
***以下引用(全文)***
 オオクチバス Micropterus salmoides(LACEPEDE) はもともと、北アメリカの五大湖からメキシコ、フロリダ、バージニア州あたりに分布していたが、現在は北アメリカ温帯部全域に生息し、ヨーロッパ、東南アジア、ブラジルへも移植されている。
 日本では1925年(大正14年)アメリカ合衆国から移入され、芦の湖に移植されたのが最初である。移植の動機はオオクチバスがゲームフィシングに好適なことや肉質が良いことが着目されたようであるが、その当時から同魚が魚食性が強いということもあって、本邦在来魚種への影響が懸念され、湖外持ち出しについては慎重に取り扱われながら、長期間芦の湖のオオクチバスとして知られてきた。しかし、その後、1965年(昭和40年)頃からの釣りブーム、特にルアーフィシングの普及が全国的な広がりを見せ、これに適した同魚は急速に各地へ拡散するに至って、現在で北海道と岩手県を除くほとんどの都道府県に生息するようになった。
 オオクチバスが琵琶湖で発見されたのは、1974年(昭和49年)5月、東岸の彦根市地先の追いサデ網漁で混獲されたのが最初である。その後、西岸の新旭地先で繁殖が確認され、1977年(昭和52年)には北岸、南湖岸のエリで採捕されるという急速な分布の拡大がみられ、さらに1983年(昭和58年)頃から採捕量が急激に増加してきた。この間、湖産在来魚種への大きな影響を懸念した県の関係機関や水産業界では、釣人のマナーとする“キャッチ・アンド・リリース”をやめて、釣った魚を持ち帰り、料理するよう遊漁関係機関へ協力要請したり、家庭向料理法の普及や、漁業者の漁具・漁法の改善による捕獲能力の向上など、同魚の湖中での資源抑制に向けて啓蒙・推進してきたところであるが、未だ十分な成果があがるに至っていないのが実状である。
 水産試験場では1985年(昭和60年)から1987年(昭和62年)の3ヶ年計画で琵琶湖におけるオオクチバスの生態を中心として、捕獲、食性、産卵、飼育、利用加工等の各項目について、総合的な対策調査研究を実施してきた。
 一応、ここで、3ヶ年の中間的な取りまとめを行ったで報告することとしたい。そして、当報告書が今後のオオクチバス対策を積極的に推進する上で、その基礎資料として活用されることを願っている。
 なお本研究を進めるにあたって、種々御助言、御協力いただいた業界、ならびに関係者各位に深謝の意を表したい。

 平成元年7月  滋賀県水産試験場長 後藤富佐雄
***以上引用(全文)***




「今日の資料 その3」


「II.7.琵琶湖におけるオオクチバス対策に向けて」
***以下引用(全文)***
 琵琶湖におけるオオクチバスは増加の傾向にあると考えられたが、従来の漁獲対象魚介類に対する影響については、エビ類が若干被害を受けているかもしれないという程度で、明確な回答を得ることができなかった。
 ただし、視点を変えて、各水域、各漁具でのオオクチバス混獲率についてみると、琵琶湖の深所で操業される漁具・漁法の混獲はまれであるが、沿岸においては、漁具・漁法を問わず、いたるところで混獲されており、特に、その水域における漁業操業が中断後再開された時には大きな混獲率を示している。
 混獲されたオオクチバスは、現在のところ低い価格で取り扱われ、かつ廃棄処分率が70%を超えるという状況であり、オオクチバスの混獲を操業上の支障ととらえる漁業者が大半であろう。このとこが、また他県においても、琵琶湖のオオクチバスは害魚、あるいは未利用魚であるという意識を強め、これが販路を拡大し、利用率を高めることへの大きな障害となっていることも事実である。
 芦の湖においては、オオクチバスは漁業権対象魚種として、種苗の放流、産卵保護等を行い、積極的な増殖を図っているが、近年では関東周辺の湖沼においても遊漁対象としての価値が高まり、近隣の湖沼からの種苗入手が困難となり、最近では琵琶湖からの種苗にたよっている(表1.芦の湖における放流経過(文献1))。
 また、芦の湖の地元旅館、食堂ではオオクチバスの冷凍加工品(真空冷凍パック)の需要が高く、フィレ―では2,800円/kg、ドレスで910円/kgと高額な水準を維持している。
 芦の湖におけるオオクチバスの生息状況に関し、神奈川県淡水魚増殖試験場報告「昭和54年度標識放流試験」によると、芦の湖(面積6.8平方キロメートル)のオオクチバス資源量は約14万尾で、このうち約5万尾が釣り等で漁獲されていると推定している(文献2)。その平均体重は漁獲年令組成(文献3)より約100gと推定され、先の資源量14万尾は約14tにあたる。
 琵琶湖における捕獲量は、今や100tを超える状況であり、これだけの量を芦の湖並みの需要と価格にまで高めることは非常に困難なことではあるが、小型魚は放流種苗として、大型魚は食用として、芦の湖へはもちろん、許される範囲内で他水域への供給を伸ばすと同時に、今ある利用形態に加えて、小型魚の食用化、大型魚の新たな利用加工技術の開発を進めていくなかで、県内外の需要を高める必要がある。
 オオクチバスの漁獲は、利用率と価格が高まれば、おのずと促進されるものと思われる。ただし、年間を通じ、利用とあいまった効果的な漁獲操業を想定すると、やはり選択的に効率よく漁獲できる技術の開発を急がねばならない。
***その4へ続く***




「今日の資料 その4」


***その3からの続き***
 次にオオクチバスが有用な資源となるなら、増えれば増えるほど良いのかという疑問が生じる。
 本文において、オオクチバスの年間の増肉係数は、1年魚で、4.3、2年魚で6.0と推定され、また大型魚(2年魚主体)と小型魚(1年魚主体)の捕獲重量比率は、約1:3であることより、漁獲対象魚の年間増肉係数は約5.6となる。単純な計算で年間100tのオオクチバスが漁獲された場合、560tの生息魚介類が餌となっていることになる。ここで、漁獲率を、先の芦の湖における標識放流試験結果と同じ、0.35と仮定すれば、年間100tの漁獲に対し、琵琶湖に残るオオクチバスも合わせて、1,600tの生息魚介類が餌となっていることになる。
 天然水域における増肉係数の推定値は、他の研究者によると、8あるいはそれ以上の数値をあげている場合もあり、また捕獲率についてもあくまで仮定値であるが、これ以上、琵琶湖で増やさないという前提にたっての有用資源としての利用を図らなければならない。
 琵琶湖におけるオオクチバスの増加傾向の指標としてまず年級群組成の高令化(捕獲魚の大型化)・生息水域の広がり・胃内容物調査におけるスジエビやヨシノボリの捕食率が低下し、被食魚の構成が変化すること等があげられ、これらのことに注意して、今後も調査を継続する必要がる。
 資源動向によっては、親魚優先捕獲、産卵床破壊というような措置を講じざるを得ないことも考えられ、その技術についても開発が急がれる。
 今、この新しい琵琶湖の魚であるオオクチバスを前にして、滋賀県は「一定の漁獲レベルを保ちながら、有益な資源としてオオクチバスを有効に利用していく」方針で、諸策に取り組んでいるところである。


文献
(1).小林良雄(1986):芦ノ湖におけるブラックバス(オオクチバス)の利用について、全国湖沼河川養殖研究会第59号大会要録、81-90
(2).佐藤茂・小林良雄・作中宏・小山忠幸(1981):温水性魚食魚の資源生態学的研究、芦ノ湖におけるブラックバス、マス類の資源生態学的研究−I(要旨)、110
(3).西原隆通・村山隆夫(1972):芦の湖における最近のブラックバス(オオクチバス)について−II、神奈川県淡水魚増殖試験場第10号、74-83
***以上引用(全文)***




「今日の資料 その5」


「大阪府漁業史」 大阪府漁業史編さん協議会 平成9年3月31日発行

 より、「第6編 現代の内水面漁業」/「第3章 淡水魚試験研究の系譜」/「3.ブルーギル」(P.894-895)
***以下引用(全文)***
 昭和39年2月に北米原産のブルーギルを水産庁淡水区水産研究所より入手し、養殖魚としての可能性について試験研究を実施した。同年にはため池でカワチブナなどと混養したが、繁殖力が非常に旺盛で養成池から稚魚が散逸するため、ため池養殖魚としては不適当と判断された。その後は場内養成池での種苗生産、成魚養成試験を実施し、昭和42年に食用としてキログラム当たり600円で試験出荷したところ、ヒラメに劣らない美味な魚として好評を博した。このため新しい養殖魚種として昭和43年から昭和45年にかけて府内や全国の養魚者に配布した(表25)。
 昭和46年には当場から分譲を受けた近畿、中国、山陰、四国、東海、関東の養魚家など23人で増殖技術の研究、市場の開拓などを目指した「全国ブルーギル研究会」が発足し、大阪府内では副会長として溝上米男氏(岸和田市在住養魚家)、理事として山下修三氏(釣りの友社社長)が就任した。大阪市内の販売業者(大幸水産)が中心となり市場開拓が盛んに試みられ、市内料理店でお造りとして利用された。しかし、活魚輸送時のへい死によるトラブルと新魚種ティラピアの流通市場への参入が原因で、残念ながら昭和50年ころに自然解散するとともに、養殖そのものも衰退した。
***以上引用(全文)***




 本日の資料は以上です。


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