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「書籍紹介」
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「今日の本棚 その1」

「BIOSTORY ビオストーリー 生き物文化誌 第1号」 ビオストーリー編集委員会
 2004年7月15日 発行 昭和堂
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%90%B6%82%AB%95%A8%95%B6%89%BB%8E%8F


「巻頭言」 編集長 秋道智彌
***以下引用***
 思い起こせばこの1年、私たちは多くの生き物の死を知ってきた。周知の通り、BSE(牛海綿状脳症)、SARS(重症急性呼吸器症候群)、鳥インフルエンザなどの感染症を終結させるために、ウシ、ハクビシン、ニワトリ、アヒルなどが大量に処分された。
 人間にも感染して死亡する例が発覚し、ウシやニワトリの相次ぐ輸入停止の措置により、多くの関連諸国の経済や観光産業は大きな打撃を受けた。人間の生命と食の安全のために、ウイルスに感染した生き物を抹殺することを否定する人はおそらくいないかもしれない。しかし、その根拠となる科学や医学が絶対的な確信をもって生き物の殺戮を正当化できるものなのか、正直いって半信半疑といわざるをえない。
 地球上の生き物は、人間にとり有益ないし有害なものとしてだけ存在するのでは無論ない。人間の利害とは無関係に存在する、ただの生き物がなんと多いことか。人間と生き物との多様なかかわりとその歴史を考える意味は、そのあたりにあるにちがいない。
 『ビオストーリー』は、生き物と人間とがつくり出してきたさまざまな物語をともに語る場である。牛丼から世界を語り、野に咲く小さな花との出会いから生きる意味を考える舞台なのだ。そして、学としての独走と論理を踏まえ、社会や世界とつなぐ豊かなメッセージを提起していくことが『ビオストーリー』の大きな使命であると主張したい。
***以上引用***


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「今日の本棚 その2」

「この人 〜悠々と魚が泳ぐ琵琶湖の環境を追い求めて〜 琵琶湖漁師 戸田直弘」(P.96-97)
***以下引用***
 近年、琵琶湖ではフナやモロコなどの在来魚の減少が深刻化している。琵琶湖漁師である戸田直弘氏は、講演や執筆活動をとおして現場の状況を伝え続けている。悠々と魚が泳ぐ湖を願って……。

・「イオジマ」が消えた
聞き手:
 琵琶湖では近年、ブラックバスやブルーギルなどの移入種の増加と在来種の減少が深刻な問題になっています。戸田さんの本の中に、魚の群れを表す「イオジマ」や「マキ」という言葉が出てきますが、今もこれらの言葉は使われるのですか?
戸田:
 ニゴロブナが島のように大群になって寄ってくることを指して「イオジマ」(魚島)と言いますが、いまは漁師の間で、「春になったって、イオジマみたいなもん見られるかい」という言い方をするときに使うだけです。刺し網を仕掛けても1匹、2匹獲れるのが現実ですから。
 マキは、アユが群遊して水面が真っ黒に盛り上がって見える状態を指す言葉で、今も規模は小さいながら見ます。琵琶湖のアユの生息数自体は安定していると思います。アユの漁獲量は横ばいで、いま琵琶湖の漁業者の生活を支えているのはアユです。でもそれ以外の在来の魚、とくにフナズシのような滋賀県の伝統食にも欠かせないフナやモロコはまったくいなくなってしまいました。フナやモロコはヨシのような水草が植生する湖岸に産卵しますが、その減少したヨシの復元が待たれます。

・賢明な漁業を模索する
聞き手:
 琵琶湖の在来魚がいなくなった理由をどう考えておられますか。
戸田:
 もちろん水質など環境の変化とか、外来移入種の繁殖も関係していますが、それだけじゃない。漁法の改良による捕り過ぎもあったのではないかと思うんです。たとえば、刺し網の網は、昔は絹で作っていたから魚の目に見えやすいですが、いまはテグスに変わって、魚にしたらひっかかりやすくなった。アユの沖すくいの網は、15年くらい前から不必要な大きさにまで大型化してしまった。琵琶湖も登録を受けている「ラムサール条約」には、「古代から代々おこなわれてきた漁業は賢明な利用の仕方である」とあります。限られた資源の中で、持続可能な漁業をするという意味でしょう。琵琶湖の首を絞めたら自分の首を絞めるのは間違いないですから、漁法も見直しせなあかんのんちゃう、と漁師の間でも話しています。
***以上引用***


 「今日の本棚 その3」へ続きます。




「今日の本棚 その3」

***以下引用***
・農家にも通じる「使いっぱなし」の意識
聞き手:
 琵琶湖の漁業を担う若い世代として、とくに感じていることはなんでしょう?
戸田:
 後継者不足は深刻です。「琵琶湖の使いっぱなし」という意識が年配者にあることも原因の一つだと思います。息子はサラリーマンをしている、だから自分があと2,3年琵琶湖で魚をつかんで飯が食えたらいいと。
 農業をしている同年代の友人にこの話をしたら、「俺らでも一緒や」と言うんですね。環境のことを考えたらあまり強い農薬を使いすぎたらあかんのに、草取りが楽になるからと父親がたくさん使ってしまう。年配の漁師や農業者をすべて悪く言うわけではありません。ただ、今の最悪な田ぼと向き合う世代と、今の琵琶湖と向き合う若い世代の漁師とは同じ考えだと思いました。田ぼでも琵琶湖でも、10年、50年、100年も使うもんやで、と。そのことを救いに思います。

・琵琶湖に関心をもつことが第一歩
聞き手:
 講演や執筆などをされるようになったきっかけはありますか?
戸田:
 地元の子どもたちに、毎年、地引き網体験をやってもらうのですが、琵琶湖のどこにでもいるような魚でも、「この魚なんていう名前」という言葉が出てくる。はじめて見たという子もいました。魚に関心がないということは、その魚が泳いでいる水、琵琶湖に関心がない、ということじゃないかと思ったら、焦りを感じたんです。
 琵琶湖の水質は赤潮やアオコが目に余るような状況からは改善されてきました。滋賀県に住む女性層が合成洗剤の反対運動などをして行政まで動かす力を示しました。住民が注目したから、手を打てた。琵琶湖に背を向けて生活していたらそんなことは思わなかったでしょう。やはり関心をひきつけなあかん、と思います。それが、僕がいろんな体験を書いたり、話したり、特に反応のするどい子どもたちには伝えたいと思う理由です。漁師は魚をつかんでなんぼだけど、のびのびと魚が泳げる琵琶湖があってはじめて漁ができる。魚の姿だけを追い求めるのではなく、魚が悠々と泳いでいられる、そんな琵琶湖の湖環境を追い求めながら僕は漁業をしていきたいと思っています。
***以上引用***


 ここでの戸田氏の主張、バス問題関係のメディアが伝えるものとは少し違った内容でしたので、紹介しました。


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