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「水口憲哉氏の著作の紹介」
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「今日の本棚 その1」


「釣りと魚の科学」 水口憲哉 産報 昭和49年4月15日初版発行
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%92%DE%82%E8%82%C6%8B%9B%82%CC%89%C8%8Aw

 ブラックバスについて触れられているところが、何箇所もあります。そのうち、特に興味深いと思われる部分を引用します。

***以下引用***
「ブラックバス―貪欲な外来種―」(P.213-219)
(前略)
〜なお、神奈川県水産指導所鴨宮増殖場(注1)において、コイの親魚池に混入するオイカワ駆除の目的で、ラージマウス・バスを混養して好成績をあげているという話も聞く〜(P.218)
(後略)


「釣堀化か自然化か」(P.250-264)
(前略)
〜いっぽう、欧米流の釣り味を求めてルアー・フィッシングをやる人々には、別の問題がある。ブラック・バスなどの魚食性魚類を無計画に放流した場合、最初はコカコラニゼーション(注2)の波に乗ってうまくいくかもしれないが、結局は、元も子もなくしてしまうのではないだろうか・・・〜(P.257)
(中略)
〜また、ブラック・バスを釣りたいという人は、どこにでもやたらに放流するのではなく、この魚専用の池なり湖を確保することを考えてよいのではないだろうか。そこでは、ブラック・バス1に対して、その餌になるブルーギルやオイカワが10、さらにその餌になる生物を施肥して、多量に繁殖させるといった組み合わせで水を利用する。この方式は、効率よくブラック・バスを繁殖させてブラック・バスのみを釣る、という目的でアメリカなどで行われている。これは、魚類全体での生産は落ちるなど、いろいろ問題はあるが、日本でも試みてみる必要がある。
 これとは逆に、いろいろな釣り方で多種多様な魚が釣れる湖や川、すなわち、バラエティに富んだ複雑なシステムを、そのまま維持することも重要である。“コカコラニゼーション(注2)”は、魚相の単純化につながりやすいからである〜(P263)
(後略)
***以上引用***

注1.神奈川県水産指導所鴨宮増殖場:現在の神奈川県内水面試験場、小田原市鴨宮にあった。現在は相模原市大島。ここに上げた混養の例は、どこかで触れられていたはず・・・
注2.コカコラニゼーション:世界中に見られるコカコーラのように、どこもかしこも同じ状態になること・・・らしいです。




「今日の本棚 その2」

「反生態学 魚と水と人を見つめて」 水口憲哉 どうぶつ社 1986年7月30日
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%94%BD%90%B6%91%D4%8Aw

 外来魚関係のシンポジウムに見られる構図を読み解くために、参考になるかと思われる記述があります。

***以下引用***
「もうひとつの視座」(P.8-10)
(前略)
〜そして、ある一つの魚種の増えたり減ったりを生態学的な見方を中心に解き明かそうということで始められた私の水産資源の研究は、人と魚と水の関係の全体像を把握する努力を行いながら人が水産資源にどうかかわるかを考えつり上げてゆくことに重点を置く方向を目指し始めた。
 ちょうどその頃、“侵略と撹乱の生態学”という副題をもつ本(「日本の淡水生物」と「日本の海洋生物」)の出版が規格された。そして私は、それぞれ「オイカワ」と「ウマズラハギ」について書くように依頼を受けた。
 しかし、まとめた内容に関して、一つは生物と環境との関係に人がどうかかわっているか、それをどのように問題にするか、二つには“侵略”という言葉をどのように理解して用いるかについて、編者および出版社と私との間で意見が異なり、そして私が文章の改変に応じなったため、掲載拒否となった。この章では、まずそれら公刊されなかった二つの文章を通して、人と生物と環境の関係を考えてみたい〜(P.9)
(後略)

「注釈」(p.23-24)
(前略)
〜「日本の淡水生物」―侵略と撹乱の生態学―川合禎次・川那部浩哉・水野信彦編 東海大学出版会 1980年11月発行 という本のために本稿は書かれた。しかし、当初の発行および編集の意向でもっと強く打ち出されていた「侵略」という言葉の使用に対する批判を私が弱めないことと、さらに私の書いた内容や構成に対する編者からの希望があり、編者の一人川那部浩哉氏と何回かの手紙のやり取りと原稿の書きなおしがあった。しかし、その書きなおしをやっているうちに、川那部師とはそれぞれ仕事の内容を検討する形で“なおし”が進められるようになった。そして原稿がこの形になった段階で、話はもの別れになり、結果として掲載拒否ということになった〜(P.23-24)
(後略)
***以上引用***

参考:
 当時、生態学に「侵略」とか「撹乱」という言葉を用いることが、流行(?)となりました。ビクトリア湖の魚類などの研究を行っていた川那部氏も、この言葉を著書などに使用しています。一方、水口氏は、先の大戦とからめて、生物の世界に「侵略」という言葉を持ち込むことに、強い抵抗があったようです。



 レスなどは、また今度に。。。


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