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「霞ヶ浦へ移入された魚介類の記録から、湖産アユ種苗への混入拡散を考察する」
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「霞ヶ浦へ移入された魚介類の記録から、湖産アユ種苗への混入拡散を考察する その1」

「食卓にのぼる湖の魚 〜霞ヶ浦は今〜」第8回水族企画展(会期:2000年7月15日(土)〜9月3日(日)) 琵琶湖博物館

 上記文書(パンフレット?)に、霞ヶ浦に入ってきた魚介類のデータが掲載されています。
「霞ヶ浦の系譜」(レイモン・アザディ著 1995年)http://www.kasumigaura.net/mapping/page/books.html
からの引用です。幾つかのデータが抜けていますが、以下に引用します。

***以下引用***
1868年 ヤマトゴイが移植された
1912年 琵琶湖よりヒガイ移植
1927年 アメリカより河貝850個移入
1927年 アメリカよりストライプドバス移入
1930年 琵琶湖よりゲンゴロウブナ移入
1931年 琵琶湖よりイケチョウガイ放流
1932年 スッポン移入
1932年 セタシジミ移入
1932年 ウシガエル放流(翌年も放流)
1935年 スッポン放流
1936年 スッポン放流
1936年 琵琶湖よりホンモロコ移入
1936年 秋田八郎潟よりヌマガレイ移植
1937年 朝鮮よりカムルチー移入
1938年 スッポン放流
1943年 中国長江より2年続けてソウギョ、ハクレン、コクレン、アオウオを放流
1948年 琵琶湖よりヒガイ放流
1948年 琵琶湖よりイケチョウガイ放流
1955年 琵琶湖よりホンモロコ放流
1958年 琵琶湖よりイケチョウガイ放流
1960年 これより3年間琵琶湖よりゲンゴロウブナ移入
1964年 琵琶湖よりワカタ放流
1971年 モロコの移植が3回行われた
1974年 琵琶湖よりセタシジミ移植
1981年 ウナギ種苗を西浦に放流
1985年 ウナギ種苗これより3年間放流
1986年 中国よりダントウボウ移入
1988年 コイ稚魚を小野川に放流
1989年 コイ、フナ300kgを放流
1990年 北浦にウナギ1t、コイ2t放流
1991年 ウナギ稚魚660kg放流
1993年 ウナギ稚魚310kg放流
1994年 中国太湖より淡水シジミ100kg試験放流
1994年 中国太湖より淡水シジミ10t放流
***以上引用***

 上記の引用の他に、ペへレイ、アメリカナマズなどが、放流、あるいは養殖池から脱出などで霞ヶ浦に入りました。
 また牛久沼などでは、今でもクチボソなど雑魚が放流されているようです。
 ゲンゴロウブナ、ビワヒガイ、ホンモロコ、ワタカは食料として放流されました。
 イケチョウガイは、琵琶湖の養殖真珠母貝が汚染などにより壊滅したときに、霞ヶ浦から琵琶湖に逆に運ばれました。
 ヒガイは、漢字では「鰉」と書きます。明治天皇に献上され、たいへんに気に入られたため、この漢字が宛てられました。魚価も高く、1912年には諏訪湖にも放流されるなど、各地に移植されたようです。モロコやゲンゴウブナも、各地で放流されています。




「霞ヶ浦へ移入された魚介類の記録から、湖産アユ種苗への混入拡散を考察する その2」


 湖産アユの放流に混じって拡散したとされる魚種のうち、その魚種単独で移植を目的として放流されたいたものも、ずいぶんあったことが、先のデータでわかります。そうなると、純粋に混入による拡散と思われる魚種は、ハス、オイカワ、ウツセミカジカの3種程度と考えられます。この3種の特徴は、いずれも、湖産アユが河川を遡上する時期に、同じように遡上する性質があることです。二ゴイにもそうです。これらの魚種の拡散した年代は、いずれも湖産アユ放流の初期から1960年代にかけてです。この時期、湖産アユ種苗は、おもに河川で漁獲されていました。漁場のすぐ脇に、水槽を積んだトラックを待機させておき、検量の後、すぐに出荷されていたのです。これらの魚種が拡散した理由は、このような漁獲と出荷の状況によるものと考えられます。しかし、1975年に、滋賀県漁業調整規則が改正され、湖産アユの漁獲は、そのほとんどが湖中で行われるようになります。時期も早まり、小さなうちに捕えて、蓄養し、大きくなってから出荷されるようになります。これが仕立てアユです。
 以上のことを考えると、湖産アユ種苗への混入によって拡散したと考えられる3種と、ブラックバス、ブルーギルの拡散とは同列には考えにくいことがわかります。とくに、ブルーギルは各地で養殖されており、そこから流出が拡散の主原因となった可能性があります。では、ブラックバスはどうか。慎重に見極める必要があります。


余談:
 ナマズは、江戸時代くらいまでは関東地方と、それ以北にはいなかったそうです。今のように全国で見られるようになったのは、戦後になってからなんだそうです。鹿島の要石の話(地震を起こすナマズお押えている)は、ですからイメージだけで構成された話なんですね。このあたりの話、ずっと前に紹介した「鯰」に掲載されています。


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