×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

「書籍紹介」
目次へ戻る
外来魚問題他の資料集の目次に戻る


「資料を2つほど その1」

「大和吉野川(紀ノ川)における移入魚の分布とアユの放流状況」


「大和吉野川の自然学」御勢久右衛門 編著 トンボ出版 2002年11月1日 初版発行
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/488716145X/ref=sr_aps_b_/250-4821243-0229857
III.大和吉野川(紀の川)水系の魚類 より編集


1.大和吉野川の流程
 ()内は河口からの距離km、*印は魚道無し、それ以外には魚道があります。
 アユの遡上調査から、魚道が機能していることは確認されています。
 頭首工とは、用水取水用の堰のことです。
 県境付近には、丹生川が合流しています。この河川の上流には、十津川の猿谷ダムからの分水が流入しています。
 矢冶取水堰堤から上流で、本流と支流(高見川)に分かれます。

河口/新六ヶ井堰(0-10)/岩出橋(10-20*)/岩出頭首工(20)/藤崎頭首工(30)/小田頭首工(40-50)/県境(50-60)/大川橋(60)/下淵頭首工(70-80)/津風呂川合流点付近(90)/矢冶堰堤(90-100)/大滝取水堰堤(100-110)/大迫ダム(110-120*)


2.大和吉野川における移入魚の出現年代(1950年代以降のもの)と分布域

ゲンゴロウブナ(注1):1970年代以降、新六ヶ井堰−大滝取水堰堤
カワヒガイ:1990年代以降、新六ヶ井堰−大滝取水堰堤
スジシマドジョウ:1950年代以降、新六ヶ井堰−大滝取水堰堤
ハス(注2):1950年代以降、新六ヶ井堰−津風呂川合流点付近
ブルーギル(注3):1970年代以降、新六ヶ井堰−津風呂川合流点付近
タウナギ(注4):1950年代以降、新六ヶ井堰−津風呂川合流点付近
ホンモロコ:1950年代以降、新六ヶ井堰−大川橋
コウライモロコ:1980年代以降、新六ヶ井堰−大川橋
タイリクバラタナゴ:1970年代以降、新六ヶ井堰−大川橋
オオクチバス:1980年代以降、新六ヶ井堰−大川橋
カムルチー:1950年代以降、新六ヶ井堰−大川橋

注1.ヘラブナど同義
注2.1963年に津風呂湖(津風呂川の上流)へアユ種苗を放流した際に混入。
注3.1963年以後に津風呂湖(津風呂川上流)の生簀で飼われた。
注4.1892年に津風呂川上流の大宇陀町に移入。


3.大和吉野川本流域における漁協(奈良県側)の年代別、アユ放流量(単位t)
 1957〜1966の年間放流量、1981〜1990の年間放流量それぞれ区間内の最小と最大
 なお、アユ種苗には、海産、湖産、徳島蓄養(湖産)など。

五条市漁協(県境−下淵頭首工下流):0.188-0.550、1.200-2.400
吉野漁協(下淵頭首工下流−矢冶取水堰堤上流):0.453-0.980、5.424-8.510
川上村漁協(矢冶取水堰堤上流−本流源流域):0.581-1.400、5.000-7.386
東吉野村漁協(矢冶取水堰堤上流−支流(高見川)源流域):データの記載無し、湖産アユを含めて放流は実施されています。


4.まとめ
 ブルーギルについては、その分布域と出現年代からから津風呂湖で飼われていたものが、流出した可能性があります。
 オオクチバスについては、その分布域から、アユ種苗の放流と関係があるのかは、はっきりしません。少なくとも、湖産アユ種苗の放流が、必ず拡散に結びつくわけではないようです。




「資料を2つほど その2」

「琵琶湖総合開発の漁業補償が生んだ対立」


「琵琶湖と共に」 京都新聞社 1998年4月17日初版発行
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763804308/ref=sr_aps_b_/250-4821243-0229857
 この本は、琵琶湖総合開発特別措置法の期限切れを控えて、県の動きなどを追ったものです。
 1995年11月30日から、1997年6月18日まで、京都新聞に断続的に連載されました。
 上記リンクからの引用
「琵琶湖総合開発事業の功と罪、水と暮らしの関係、琵琶湖の水の源泉、森の現状、先端の研究は湖の謎にどこまで迫れているか…琵琶湖の現状と可能性について、京都新聞に連載した記事をもとにまとめる」


 この本に、以下のような記事があります。

***以下引用***
<<代償>> 引き裂かれた漁村のきずな

 今月8日(引用者注釈:1997年3月8日と思われる)、大阪高裁。守山漁協の組合員同士が、琵琶湖総合開発(琵琶総)で水資源開発公団が支払った補償金をめぐって争う裁判の口頭弁論が開かれた。
 訴えられたのは、当時の漁協組合長(故人)が代表者を兼ねていたコイやアユの養殖生産組合。「生産組合が受け取った4億7千5百万円には、漁業権消失に対する漁協への補償も含まれている」と、漁協側が半額返還を求めている。
 補償金配分のしこりもあり、守山漁協ではいまだに、総会では元組合長派と反対派の席に二分される。「相手の派と思われては……」と、日々の近所付き合いもなくなったという。
 (後略)
***以上引用***


 守山漁協は、琵琶湖におけるバス問題で、しばしば名前が登場します。この対立が、現在も続いているのかは、わかりません。このように、琵琶湖総合開発は、自然だけでなく、様々なところに問題を残すかたちとなりました。

 この本では、ポスト琵琶総を睨んで、県の国政への働きかけのようすが記事になっています。県は、「環境保全」を前面に打ち出して、特別法の制定を求めます。滋賀県の陳情は、なかなかうまく行きません。国の担当者の答えは、琵琶湖が我が国にとって特別な存在であるという認識が広く国民にないと難しいと言うものでした。この当時の知事は、稲葉知事です。
 他にも、琵琶湖とその周囲で働く様々な人たちの話が載っています。中でも面白いのが、琵琶湖の潜水士さんの話です。琵琶湖大橋の下には、冷蔵庫やなんやらたくさん沈んでいるそうです。夜になると車で捨てに来るのだとか。ナンバープレートが束になって沈んでいたりしたそうです。漁港には、石を詰めた女性のバッグが何個も沈んでいて、どうもヒッタクリの証拠隠しのようです。湖底は藻が一杯でとても作業が大変とか、ブラックバスはとても好奇心が強いとか。あとは、滋賀県水産試験のニゴロブナの研究、漁師さんの話、林業の話、いろいろ。とても興味深い書籍です。


外来魚問題他の資料集の目次に戻る
目次へ戻る