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「ブルーギルの拡散経緯補足、1990年代のバス・ギル関連記事」
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「ブルーギルの拡散経緯補足、それと1990年代のバス・ギル関連記事 その1」


1.
「大阪府立淡水魚試験場のあゆみ 設立30周年」平成8年7月刊行という文書が見つかりました。大阪府淡水魚試験場は、昭和30年4月1日に、大阪府水産試験場寝屋川養魚場として開設されました、その30周年を記念して刊行された文書です。ここに、同試験場が行ったブルーギルの養成試験についての記述がありました。それによると、ブルーギルの養成試験は、昭和39年〜50年にかけて実施されています。そのうち、以下の年度において、溜池業者にブルーギルの配布を行っています。

昭和43年 400kg,昭和44年 300kg,昭和45年 500kg


2.
「人と魚の知恵くらべ」和田吉弘 岐阜新聞社(和田吉弘氏は、魚道にかんする書籍を幾つも書かれています)には、ブルーギルの導入経緯について記載がありました。それによりますと、天皇陛下に送られての部分はみなさんご存知の通りです、それ以後については以下の通りです。
1960年 水産庁淡水区研究所に飼育研究を委託,1963年〜1964年 滋賀県水産試験場へ分与,1964年 大阪府淡水魚試験場へ分与,その後、各地の水産試験場や養殖業者へ配布,水産庁淡水区研究所は、静岡県の一碧湖、大橋湖、宮崎県の一ツ瀬湖などに放流,市場に出回るようになり当初は高値で取引されていたが、成長が遅いため、市場価値を失う。




「ブルーギルの拡散経緯補足、それと1990年代のバス・ギル関連記事 その2」


3.
「毎日新聞記事データベース(CD-ROM)1991年〜2002年」より、各年におけるバス・ギル関連の記事を検索しました。ただし、害魚記事だけでなく、釣り、料理、読者の投稿など全てを対象に検索しました(地方版含む)。検索の方法は、「ブラックバス」、「ブルーギル」それぞれをキーワードに指定して、これらの言葉を含む記事(重複あり)の件数をチェックしました。その結果は、以下の通りです。

年度:ブラックバスでのヒット件数/ブルーギルでのヒット件数

1991:  3/ 0 , 1992: 10/ 6 , 1993: 13/12 , 1994: 10/ 3
1995:  6/ 3 , 1996:  6/ 5 , 1997: 13/ 5 , 1998: 12/ 2
1999: 17/11 , 2000: 21/11 , 2001: 21/10 , 2002: 18/10


4.
1990年代の注目記事は以下の通りです。

1992年8月4日朝刊(全国版?):滋賀県水産試験でブラックバスのパイプカットによる資源抑制の実験
 よく噂される3倍体とかではありません。同じことが昨年も記事になりました。

1992年11月25日夕刊(大阪版):琵琶湖でカムルチーが殆んど取れなくなる。

1993年6月12日夕刊(大阪版):解説記事で、ブルーギルの拡散の経緯が記載されています。ほぼ事実の通りです。
 なお、これ以降、全国版でもブルーギルの拡散の経緯が掲載されることがあるのですが、天皇陛下から水産庁淡水区研究所に、そして静岡県の一碧湖への放流までの記載に止まります。ただ1件、詳しく触れているらしい記事があったのですが、内容は未確認です。

2000年3月8日朝刊(全国版?)記者の目 末盛亮(大津支局)
「琵琶湖のブラックバス 利水偏重が繁殖許す  巨大な釣堀にするな」
 研究者に取材した記事です。琵琶湖での外来種(魚だけでなく)の繁殖は、利水偏重の政策によるものだと書かれています。

2002年11月1日朝刊(全国版?)記者の目 岡村恵子(大津支局)
「琵琶湖のリリース禁止論争  忘れるな本質は環境保全」
 リリース禁止条例の成立を受けての記事です。研究者への取材はありません。ネットでも読めます。


 これらの記事を比較すると、研究者や研究機関へ取材しない記事がどんな論調になるのか、参考になると思います。


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